私は面倒見が良い方で、生徒のためという原理で動くのが好きです
そのため、よく「よかれと思って」という行動をしてきましたが、近年、それは悪手になることが多いのを実感しています
最近、記事に書いた面接指導のことはまさしくその例で、その生徒のために熱心にやろうとすると、生徒がメンタル崩壊をして謝罪したことがあります
そのときに4時間以上+関係の先生も巻き込んでとなって、大変反省しています
ちなみに、保護者は激おこでしてね、学校に殴り込みに来そうだったそうですよ
来たら来てくれて平謝りをするだけですから、話が早くてよかったんですけどね

こうやってよかれと思ってという行動が上手くいかない背景には、生徒のメンタリティが変わったのかなと思います
「よかれと思って」は、クラブであれば厳しい練習を課すとか、授業では宿題を多めにするとか、内容をもう少し難しくするとか、生徒の進路のために提案をするとか、といったことになり、
基本的には生徒に負荷をかけます
この負荷に生徒が耐えられなくて、メンタル崩壊というケースが多いです
このメンタル崩壊をしたときに、保護者が理解を示してくれないことも多々あり、それは生徒と教師の人間関係の問題はありますが、、、よかれと思ってについては生徒は「先生から厳しくされている」って思うんでしょうね
ということで、よかれと思ってが悪手に変わるケースは多々あります

生徒は行間が読めなくなって、というか若手教師もそうですが、つまり、相手の意図をきちんと理解してくれなくて、宿題が増えたら「=教師からの嫌がらせ」と安直に捉えて、なぜ宿題を出しているんだろう、何が求められているんだろうとは一切考えてくれないわけです
ですから、生徒は良くも悪くも「そのまま」の状態であり、それ以上のことをしたいわけでもないってことだと思うんですよね
進路のことに関しては、特に向上心がないので、よかれと思って何かを提案されること自体が負担に思っちゃうのです
まあ、時代が変わったのだと考えて、よかれと思ってはもうやめる時期に来ていると思います
若手教師を育てようとよかれと思っては全く通用しませんでしたしね
ですから、仕事が減ったと思って何も提案しなければいいのではないかと思います



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