文化祭で見える生徒の人間性

行事というのは、普段の座学ではなく探究的な取り組みでもあり、普段とは違う生徒の側面が見えてきて、それが生徒の本性のような気がしてなりません
文化祭では困った場面は多々でてきますが、そのときに助ける側か、無視する側か、残念ですがくっきりと出てきます
担任としては、発見が多く、良い発見と悪い発見があって複雑な気持ちにもなります

ノリでいい加減に生きている野球部などのパリピな人たちは、基本的には手伝いません
学級が温まってきて簡単に参入できる状況になってから参入して、いい加減なことをやって乱していく
校内で塗料スプレーは禁止なのに使う、使うもので遊び始める、ちょっと手伝ったかと思ったら裏でスマホで遊んでいるなど、いい加減が目立つ

彼らに一生懸命なんてものはなく、ただ単に自分が楽しければいいというノリだけで行動している
こういう行動をみるとやっぱりかと思ってしまい、予想通りであり、「決定的にだめな人たち」と烙印を押す

問題生徒はどちらに転ぶか見物である
多くはクラブ生でストレスを抱えていて、それを無責任にも学校生活にぶつけることで問題を起こしている人たち
パリピと重複する部分が多くあり、さらに面倒なのは1人で行動できずに群れないと行動できない点にある

こうした生徒は普段の座学の授業だからストレスがたまっているのかどうかは大きくあって、文化祭の活動なら楽しくできて、実は問題を起こさずに作業に専念できるってこともある
だからどちらに転ぶか見物である
文化祭で中心的に活躍するとそれが自信になって、学校生活を肯定的に捉えるようになって更生していくパターンも多い

あと注目するのは普段おとなしいサイレントマジョリティの人たち
私はこういう人たちを中心メンバーとして育成したいと考えていて、活躍の場を与えられることによって生き生きと活動し始める
普段は自分から話しかけないから固定的な人間関係で終わっているけれど、行事で顔を合わす機会が増えることで人間関係に広がりが出てくる

それが彼らの自信となって、普段の生活の中でも地が出せるようになるし、パリピなどの人たちから一目置かれるようにもなる
活躍するってことはそういうこと
それは勉強ができるというよりもすごいことに映る

担任としてはいろいろと発見があるし、成長もある
だからこそ、残業が増えるけれど準備期間の放課後は学級に張り付いて彼らを支えることが仕事かなと思ってしまう
文化祭をいい形で終えられることは学級に大きくプラスでもあるし、これで担任の仕事をしたという気持ちにもなる

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