早く帰るというのは自然な行為になる

私の中に早く帰ることがプログラムされました
長い教員人生においてようやくという感覚ですが、早く帰ることが実現できるようになると「どうやったら早く帰れるんだ!?」と思っていた頃が不思議で仕方なく思います

あの頃は早く帰っている人がうらやましい、いや、少し憎かったような気がします
「おまえよりもこっちは仕事しているんだからな!」なんて考えたり
その一方で、同じ教科なのになぜあの人は早く帰っているんだと不思議な感覚でいっぱいでした

今は早く帰ることが普通になったので、あのときの気持ちは一切にわからないという嘘みたいな話ですが、早く帰るというのはそもそも価値観の問題なんですよね
今までは文句を言いつつも「遅く帰る価値観」が気持ちよかったし、それが生きている証であり、自分の人生の充実ポイントでてした
そうした価値観で生きている限りは、「早く帰る」はありえないわけです

私は、価値観が変わるような瞬間があって「早く帰れるようにしなければならない」と本気で思うようになりました
その結果が、「遅く帰ること≠充実」と思えなくなってきて、「遅く帰る=搾取」とマイナスのイメージとなりました
だから、早く帰ることがし始めました

価値観が変わると行動が変わる
あんなに好きだった恋人のことが憎くて仕方ない、のように価値観はある瞬間に一気に変わります
変わってしまえば、今までの生活が許せなくなります

そうなると、行動が変わって、今回の場合だと早く帰るように言動が変わります
それだけのことだったというと単純な話ですが、私が早く帰ることを望んでいなかったというのが、一番の真実なのでしょう
ここまで長く教員をやっていて本当に不思議に思うことです

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