3年生で文章書いて国公立へはただの確率論

平均以下の高校の高校生なんて、アリとキリギリスでいうと、キリギリス
キリギリスたちは、ギリギリになるまで動かないのが現実
ですので、国公立大学を目指すにしても、3年生になってようやく「行きたい」というくらいの遅さ

1学期になって、ようやく動き出したとしても、大学で何をしたいのかは全くない
全くないから、それを探すのに1学期かかる
夏休みにその大学が開校している体験授業や講座に申し込んで、探究活動が終わったことになり、3年間で頑張ったことは「その大学での講座」という稚拙なものになる

それって受験生のレベルからしたら「最低レベル」ですよね
最低レベルで受けようとするなんて、もう模試の判定でいうとC~Eのいずれかのレベルで、さらには確率論くらいのもの
AやBの対策ができていない

と私は主張するが、この考え方に共感してくれる教員は思う以上に少なくて、確率論受験が横行しているので、学校としては「とにかくたくさんの弾を用意して、撃ちまくれ!」となって、「おおーーあの弾が当たったか!」となるわけですね
まったくもって反省も学びもないやり方を続けるんです

AやB判定のためには、やはり探究学習が必要と私は考えていて、そのためには結局は労力がかかる
労力をかけたくないが、国公立大学の合格はほしいというトレードオフで、結局は労力をあまりかけないように動いている
が、平均以下の高校では、志望理由書を書くだけでも本当に労力がかかるから、それ以上はうんざりするわけですね

とはいえ、確率論でも受験できるのはいいことなのかもしれませんし、そもそも生徒の人生ですから生徒が選んだことでいちいち言っても仕方ないのもあります

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