保護者から「生徒Dは授業中に変な発言をしたり、暴言を吐いたりするが、それが許されている雰囲気はおかしいのではないか。手帳を持っているならなんでもしていいのか」といった趣旨のクレームをいただきました
発達障害(かどうかはわからないケースも含め)のある生徒にはあるあるの行為です
そして、生徒の気性によって「加害者」と「被害者」のどちらかにわかれることになります
生徒Dは被害者側の生徒で、周囲からのストレスや、特定の生徒から馬鹿にされるようなことがあり、そうした発言につながっていました
つまり、因果関係を追いかけると加害者生徒がいて、そこから何かをされて生徒Dは怒って暴言につながっているわけです
ですから、教師目線でいえば、加害者生徒を指導する形になって、もちろんDに対しても発言はだめだとといいます
その部分を読み取れずに、Dは手帳を持っている(と決めつけて)から何でも許されると、家庭で吹聴する生徒も生徒です

教員目線からすると、内部資料には特性が書いてありますから、クラスの生徒が持っている情報の量とは違いがあり、理解する幅が違うわけで、発達障害の生徒に対してこちらはつい寛容な姿勢を見せてしまうのが実情です
それを生徒が理解してくれないのは困ったなと思うのです
生徒Dを見れば特性があることは一発でわかるはずです
が、それに理解を示さないのは「平等」という概念なのかもしれません
みんな高校生で頑張っているのに、あの生徒だけは許されるのはおかしいという発想
そこには個性や特性は含まれておらず、窮屈な見方をして、俺ができるんだからお前もできるだろという理屈で、相互理解にはつながらない思考展開です
残念な現実ですが、こうした相手を理解する力がないからクラスでのトラブルが起きるし、日常生活のストレスが高くなるのだろうなと思います


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