私は週末になると、ブログ記事を一気に書くような生活をしています
書くことはたくさんあって、どんどんわいてきます
まあ、それって単純に愚痴じゃない?って感じもしないではありませんが
教員という仕事は受けるダメージが大きい仕事だなと感じています
授業に出ると、授業を頑張るべき生徒が授業妨害をするとか、何かしらの面倒を起こすとか、やる気がないとか、本末転倒なことをして、理不尽なことばかり受けます
学級経営でも同じですし、何か問題が起きれば生徒は自分たちで解決せずに、放置して問題を拡大させて、結局は担任が解決していかないといけないけれど、生徒たちが協力的である保障はない
また、何かミスればクレームが入り、謝罪に追い込まれる
生徒からのため込んだ悩みがクレームになるとか、加害者側は反省を示さないとか、まあ、いろいろあって、生徒が悪いのに教員が悪いという論調になることもあるしね

本当に教員って理不尽な仕事である
理不尽に耐えるからお金がもらえる、そんな仕事である
だから、若者はそれを嫌忌してなろうとしないというのは論理的な帰結である
といっても仕方ないですが、教員としてやるためには、結局、学校で受ける理不尽さというインプットと何かしらのアウトプットに変えて発散することか大事と私は考えています
昔であれば職員室で愚痴を言い合うようなことはありましたが、昨今、「生徒は可能性の塊です」「そんなこと教員が言って言いわけない」など、職員室の言動においても禁止されるような風潮や、労働時間の適正化のためにそういった「無駄話」をやめようという風潮もあります
家に帰って家族に話をするとしても、基本的には環境を理解してくれているわけではないし、愚痴を聞かされる家族も辛いもので、そんな話をしないってことになります
と、、、つまり、理不尽をインプットするだけして、それをどう処理したらいいのでしょうか?ってことになります

私にとって、その解決方法としてはブログはとてもいいってことです
SNSのような拡散性はないから、炎上することもないですし、ブログは独立アカウントにしておけば、SNSを仮にしていたとして影響は及びません
好きなことを書いて、自分の考えやもやもやを吐き出せば、インプットでため込んだものを外に出すアウトプットの完了です
アウトプットで大事なのは、理不尽というインプットを考えて整理して、意味を与えるなどして、形を変えてネガティブなものではなくす作業なのかなと思います
そういう意味では、時間が解決してくれるというのも、そうした形を変える作業なのかもしれません
すべての教員がブログをしなさいってことではありませんが、何かしらの方法で理不尽インプットを発散する方法は必要です



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