考える習慣をつけろ。考えない君はAIに勝てないし、価値はない

「〇〇しておいて」と若手に頼むと、本当に〇〇しかしないんです
「えっ!?」という反応を返すと、きょとんした顔で「え、何が悪いんですか? 言われたことやりましたよ」って反応が返ってくる

例えば、生徒にプリントを配布してと頼んだとしますが、本当にプリントしか配布しなかったらだめなのはわかりますか?
このプリントは一体何か、趣旨は、どういうリアクションが必要なのか、そういったことを話さないといけないわけです
ですが、その若手は「配っておきました」というだけです

で、「生徒は何か言っていた?」と聞くと「いや、別に何もありませんでした」と返答があったりします
その場合、どういうことが起きるのかわかっている?

・・・

・・・

・・・

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「え?」

で終わりでしょうね

生徒にプリントを配布して何も説明しなければ、生徒はなかったことにします
それが平均以下の高校の生徒というものです
仮に宿題だったとしても「説明を受けていないから、わからなかった」となるし、後日回収しようにも「なくした」となるわけです

では、なぜ、こういうことが起きるかというと、言われたことに対して何も考えないからです
プリントを配布するのが自分の仕事であるが、「自分が生徒と対応する」わけだから、生徒に説明がいるなあ、と場面を考える
そうすると、「生徒の立場だったら」こんな質問が来るかもしれないし、そもそも意味がわからないかもしれないので、説明が必要だろうな

とね
教師ってそういう仕事だからね
与えられた仕事に対して疑問を持つというか、当事者意識を持って関わらないといけないわけで、生徒と関わる段階で自分も責任の一端を担っているわけ
それを若手は「言われたから」と受け身で、人のせいにして何も考えない

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これからどんどんAIが劇的に進化していきます
その中に私たちは「人間はどういう価値を提供するべきか」を問われるし、「あなたはAIより何が優れているの?」って言われても答えられないといけない
その中で出てくるのは、「考える力」であり、「創造力」や「問を立てる力」ではないかと思う

言われたことをただやる、というスタンスはその価値を放棄する行為であって、自分の価値を育てないことです
私はよくわがままだと言われます
仕事に対して「これはやりたくない」というからです

なぜやりたくないと言うかは、自分で考えるからです
この若手のように言われたことをただやるだけなら引き受けるでしょうけども、私は考えているのです
「このやり方は非効率です」「これは意味がありません」「これは説明がつかず、教師が悪者になるので私は関わりたくない」だから、私はやりたくないと答えるのです

そうやって考えた結果に対して、相手は回答できないから私のことを「わがまま」っていうのですが、そもそも意味のない仕事をさせる無能ぶりを考え直してほしいものです

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